『クワガタの恋』
私の名前は桑原マサシ、職業はクワガタだ。三日前の明け方、誰かが落としたわさび味の柿のタネの中から産声を上げた。
ここはどこだろう。わからない。なんか薪みたいなのが沢山あるが、わからない。それよりなんだこの頭から突き出てるヤツは。あー、ははぁん、どうやらわたくしの種類はノコギリってやつね。了解しました。と、目の前にある薪っぽいやつを横目で見ながら、とりあえず進んだ。なだらかな斜面をゆっくりと散策しながら5分ほど進むと清流すなわちクリアリバーにたどり着いた。
すると川上からどんぶらこ、どんぶらこ、と大きなキュウリが一つ流れてきて、マサシは一目散に飛び乗った。
ずすせろひ、ずすせろひ、と軽快に口ずさみながら一つ目のカーブに差し掛かると岩かげに岩魚さんが見えたので
「イワナさん、ハローハウロウ、わたくし生まれたばかりで右も左もわからないんだけど、お腹が空いたのでなんか美味しいもの食べたいです。どこに行ったらいいですか?」
と聞いてみたところ
「あんたクワガタだよね。クワガタって言ったらあれだよ、そこら辺の木から出てる樹液ってやつが美味しいらしいよ。岩魚だから知らんけど」
「ありがとうございます。樹液ですね。ちょっくら探してみます」
「ところであんた何に乗ってんの?」
「キュウリです。さようなら」
と、言って間もなく二つ目のカーブに差し掛かると同じく岩かげから山女魚さんが飛び出してきたので
「ヤマメさん、グットモーニンググローリー、樹液が出ている木を探しているのだが」
「そんなの知らんがな。それより俺の今日の体の模様どうよ?」
「そんなの知らんがな。樹液は…」
「もう少し行くとフォーリンラブという名の滝がある。そこにミニイルカの群れがいるので、そこで聞いてごらん。あいつらは物知りだからね」
「ありがとうございます。それでは行ってみようと思います」
「もしかしたら途中で悪いスズムシの集団が襲ってくるかもしれないよ。くれぐれも気をつけていきなさい」
マサシはまたふやけたキュウリの船でフォーリンラブの滝を目指してまた出発した。とはいえどもただ川の流れに身を任せてるだけだが。
10分ほど経った頃だろうか。ブーンブーンと低い音が聞こえてきた。
「来たな」と、マサシは心の中で呟いた。
身構える。しかし思いのほか音が静かだ。さらに近づいてみてマサシは驚いた。
「たった5匹だけやんけ」また心の中で呟いた。
ここぞとばかりにこの立派なノコギリで戦ってやると意気込んではいたものの作戦変更。
考えている間もなく。スズムシ達が近づいてくる。えぇい。
マサシはスズムシ達をキュウリで買収した。
マサシは買収したスズムシ達に名前をつけることにした。
右から、ア、イ、シ、テ、ル。と名付け
「今日からよろしくな」と言い放つと
「なんだそれは、我々にはちゃんとした名前があるのだが」とテが言った。
「雨が来そうだな。ちゃんと腹ごしらえしておきなさい」
マサシは全く聞いていない。
「このキューリまずいよ」
「知らんがな」
ア、イが前方に陣取り、シ、テ、ルが後方を守りながらボロボロのキュウリに乗って出発した。
しばらく行くと川が二つに分かれてた。
「まずいな」当然どちらに行けばいいかわかない。
アとルがしきりに左というので、左に行ってみたところすぐさまに右と合流した。
「人生ってそんなもんだよね」生まれたばかりのマサシが言う。
「俺は知っていた」とイ。
テはまだキュウリを食べていて、シはずっとハナクソをほじっていた。
「どうせ短い命、燃えるような恋がしたいなぁ」
マサシは心の中で呟いた。
少し行くと遠目にもわかるピンク色の群れがウジャウジャしてる。あそこがフォーリンラブの滝で、ミニイルカの集団だな。
このまま一息にと思い勢いよく進みあと5mぐらいのところまで来て、
「やばい、テがキュウリを食べ過ぎて船が沈むぞ」とマサシは叫んだ。
その瞬間だった。マサシの体がフッと軽くなった。ア、イ、シ、テ、ルが力を合わせてマサシを吊り上げたのだ。飛んでミニイルカまで行く作戦だ。
「これがアイシテルの力か、まぁ俺も飛べるんだけど」と聞こえない程度の声で呟いた。
ミニイルカの集団は滝の際に固まりバシャバシャしている様子だ。
「よし、ここで降ろして」
「アイアイサー」
これで一安心。と思った瞬間、マサシは真っ逆さまに滝壺目指して落下した。
「離すの遅いってば」
ポチャン、グルグルグル、ポン。
マサシは滝壺に飲まれて行った。
薄れゆく意識、もうダメだと思った瞬間、マサシの体は何者かに引き寄せられた。ここは…
「よくここにたどり着いたな、マサシ。ワシか?ワシはフォーリンラブの滝の主のジョージじゃ、ここは滝の裏側の秘密部屋じゃよ」
と二足歩行ナマズのジョージが言った。
「なんでジョージかって?それはな中学生の頃に黒板を見つめる表情が絶妙にジョージ・ハリスンに似てるって数学の先生が言ってな。次の日からもうジョージよ。その時の隣の席の女の子がかわいくてな、勝手にレイラって呼んでたんだけど、ある日レイラがな給食中にいきなり、ワンタンも好きだけどアンタンも好きよ、なんていいだしてな。付き合うことにしたわけ」
「あのー」マサシは話を遮った。この人、誰とも会ってなくて寂しいんだな、このまま話を聞いてると終わんないぞと思い
「イルカに樹液が出てる木を教えてもらおうと思い」と言ってる途中からジョージが話し出し
「あいつらか、お前は運が良かったな。あいつらは昆虫キラーさ」
「でもヤマメさんがイルカに聞けって」
「ヤマメか、あいつはただの愉快犯さ、基本嘘ばっか。でも模様を褒めると本当の事言ったりするから困るんじゃよ。とにかくイルカに食べられなくて良かったよ。ところでレイラと初めてのデートがな」
「あのー、樹液の出る木を教えてもらいたいんですが」マサシは話を遮り言った。
「なんじゃ、そんなことか、お安い御用じゃ。すぐ近くのコナラの木から出る樹液が絶品らしいぞ。コナラの木までワシのオナラで飛ばしてあげよう」
早くここから去りたい。マサシは思った。
「マサシ、また気が向いたらまた遊びに来ておくれ。お前と話してるとなんだか心がもっこりするんじゃよ」滝の外にお尻を半分出しながらジョージが言った。
「ありがとうございます。このご恩は一生忘れてません。また遊びにきます」と言いながらマサシはジョージのお尻に飛び乗った。
「では行くぞ、スリー、ツー、ワンダフルワールド〜」
プーーーー、と思ったより甲高い音のオナラとともにマサシはコナラの木の方へ一直線に飛んでいった。
ヒューーーン、ベチャ。コナラの木に飛んでいったマサシはいきなり樹液にはまった。
「ジョージ…コントロール良すぎだから」
と思った瞬間に
「なんじゃワレー」
ドスの効いた声が響いた。
明らかにボスキャラ見た目のタケシだった。
「オオクワガタじゃん、初めてみたけど」
とマサシは思い
「チィーッス、マサシです。お手柔らかにお願いしまぁす」
「まぁいいわ、ちょっとどいてくれよ、今ちょうど樹液を吸ってたとこやったんや。どうや?絶品やろ?」とタケシは言った。
ケツから樹液に飛び込んだマサシは樹液を吸うどころか身動きが取れない。
「そうか、動けないんか、しゃーないな。スミコ、キヨコ、ヒデコ、こいつを動かしてやってくれ」
タケシの指示のもとまずはスコミが最初に駆け寄る。キヨコはモジモジしていて、ヒデコはずっとハナクソをほじっていた。
「大丈夫ですか?」駆け寄ってきたスミコを一目見てマサシはBB弾で身体を撃ち抜かれたような衝撃をうけた。
「なんちゅう美貌や」
マサシは心の中で呟いた。
「これがフォーリンラブか」
重ねて呟いた。
スミコは遅れてきたキヨコ、ヒデコとともに
マサシを引っ張りだし
「ああ、よかったわぁ、まず樹液でも吸って落ち着いてください」と言った。
マサシはひとまず言われた通りに樹液を吸った。確かに美味い。だけどスミコが気になり過ぎてとても落ちついた気分になれなかった。
しばらく樹液を吸っていると
「ちょっくらベンジョンソンにいってくらぁ」
と100回は言ってるであろうつまんないギャグをかましながはタケシは席を外した。
タケシが居なくなるのを確認して
「マサシさん、実は私、タケシから逃れられなくて困っているんです。タケシは類い稀にみる女好きでして…私達3匹は捕らえられているんです。タケシはオオクワガタで寿命が長いから、このままでは私達死ぬまで…外の世界で自由に暮らしたい」
若い頃の加賀まりこのようなクリクリした目でマサシを見つめながらスミコは言った。
あまりの可愛さに視線を外しながら
「それでこの僕にどうしろと?」
マサシは言った後に
「もっと素直になれよ」
と自分自身に言った。
「今日みたいにたらふく樹液を吸った日はタケシは早く寝ます。ちょうど今夜のタケシのお世話当番はキヨコとヒデコです。私は動けるので今夜9時にここでまた会えませんか?」
続けてスミコは言う
「どうにかここから抜け出すお手伝いをして欲しいんです。時を見てキヨコとヒデコを助けに来たいと思ってます」
一呼吸起きマサシは言った
「わかりました。今夜9時ですね。ひとまずは直ぐ下にあるフォーリンラブの滝を目指しましょう。そこに秘密の部屋があります。そこまで行けば大丈夫、きっとうまく逃げられると思います。頼りになるスズムシ達も手伝ってくれることでしょう」
「ほんとうに?ありがとう」
弾けんばかりの笑顔でスミコが言うと
「そしたら今夜9時に」
マサシは言い、一旦その場を離れた。
近くのクヌギの木に身を潜め。マサシは興奮していた。
「ここから抜け出したらスミコとの新しい暮らしが待っている」
何がなんでも成功させる意気込みで、羽を広げ、中からiphoneを取り出し、アに電話をかけた。
「お世話になりますー。マサシですが、かくかくしかじかそういうわけで今夜9時ね。もしタケシが勘付いたらみんなでタケシの動きを止めてくれない?そうそう。お礼?お礼はまたキュウリでいい?今金欠でさー。とにかく合言葉はいつも通り(ズスセロヒ)ね。じゃあよろしく〜」
電話を切ると夜に備えてクヌギの木の樹液で腹ごしらえをしてマサシは仮眠をとった。
9時5分前。マサシはもっこりした気持ちを抑えながらコナラの木に到着した。すでにスミコも到着していた。
「スミコさん、月が綺麗ですね」
マサシはもう告ったつもりになっている。
空には萩の月のようなまんまるの月と幾千もの星達が輝いていた。
「さてと早速出発しましょう。タケシは大丈夫?」
マサシは一足でも早くここから抜け出したいように聞く。
「えぇ、さっき見てきたら大きなイビキをかいて寝てましたわ。でも気をつけていきましょう。タケシはああ見えて敏感なところがありますから。飛ぶのは控えて歩きでいきましょう」
2匹はコナラの木を下り始めた。
「あっ」
スミコが木の出っ張りでつまづいた。
「大丈夫ですか?」
とマサシは手を差し伸べた。
「ありがとう」
マサシはドサクサに紛れて手を握ったままスミコとともに滝に向かう。
無事に木から降りて
「あと5分ほど進むと川べりまで行けると思います。スズムシ達も待機してくれてるはずだから」
マサシはこの時が終わらなければいいな、という気持ちと早く着きたい気持ち、思い切って抱きしめちゃいたい気持ちなどを抱えながら全力で走った。
「川の石ってつるつるして滑りやすいですよね。しっかりと手を握って」
マサシはもう付き合ったつもりになっている。
だいぶ川に近づいきたところで目の前に黒くて大きな昆虫影がみえた。
「暗くてよく見えない。酔っ払いかな?」
とマサシは思った。
このまま一気に駆け抜けてようと思いさらに進むと
「ハーハハハー、掛かったなマサシ、オレだよ、オレ」
大きな黒い影の正体はタケシだった。
「えー、タケシ⁈」
と思ったがマサシは驚きで声が出ない。スミコをチラ見するとうつむいてる
「スミコ、カモンッ」
とタケシが言うと、スミコはマサシの手を振り払い、すっとタケシの横へ行ってしまった。
「こ、これがハニートラップか…」
マサシは心の中で呟いた。
「ここはひとまず逃げるしかなさそうだな」
と混乱した頭の中でマサシは思った。
「ズスセロヒーーー!」
マサシが叫んだ瞬間に、ブーーーンと唸りを上げて、ア、イ、シ、テ、ルが姿を現した。
「よし、みんな、タケシを頼んだよー」
マサシが言った。しかし何故かア、イ、シ、テ、ルはマサシの方へ向かってくる。
「タケシはあっちだから」
マサシが言うと
「マサシさん、すまんね。こっちも色々あってさー」とアが言いながらマサシの身体にまとわりついてくる。
あっと言う間にマサシは羽交い締めにされた。
「コンコン コンコン 釘をさす
コンコン コンコン 釘をさす」
マサシはどうすることもできずに、山崎ハコの『呪い』を口ずさんでいた。
「マサシ、冥土の土産にいいことを教えてやろう。4年に一度の7月の満月の夜、そう、今夜や。その夜に生贄と共に祈りの呪文を捧げると萩の月のような月が割れてカスタードクリームが姿を現わす、そのカスタードクリームに願いを言うと何でも叶えてくれるちゅうことや」
続けてタケシは言う
「しかも生贄にはなるべく新鮮なノコギリクワガタがオオスメですと、ガイドブックに載っとってなぁ、つまりおまえの誕生は偶然ではなく必然だったいうことやな。ワシとスミコは永遠の命を手に入れようとしとるんや」
「さてと始めるか、カズスシイオオハウョミンホノズスセロヒ、カズスシイオオハウョミンホノズスセロヒ、カズスシイオオハウョミンホノズスセロヒ」
ガイドブックで覚えた呪文をつぶやきながらタケシはゆっくりとマサシの方へと歩き出した。
「もうこれまでか、あのツノで突かれるのやだなぁ」なんてことを思いながらマサシはどうしようもないでいた。とその時、
マサシはフォーリンラブの滝に輝く物体を見つけた。
「ジョージ!のケツーーー!」
マサシは叫んだ。次の瞬間、光るケツがマサシの目の前に現れた。
「瞬間移動もできるのね、ジョージは」
「マサシ、ここはワシに任せるのじゃ。500年も生きてるのじゃ、萩の月の夜も数え切れないほど経験しているんじゃよ」
「頼んだよジョージ、もう誰も信用できないくて。実は少しジョージのことも疑ってしまっていて…」
とマサシは言ったが、ジョージは全く聞かず気持ちを集中させている。次の瞬間
「ギャルのパンティおくれーーーっ!!!」
ジョージは右で拳を作り叫んだ。
「えっ?ジョージ?願いを言うの早すぎだから」
マサシは思った。
するとどうだろう。突然月が割れて、中から大量の柿の種がタケシめがけて降ってきた。一瞬でタケシは柿の種に埋もれてしまった。
「フォ、フォ、フォ、どうじゃ。これが萩の月の夜無効化の術じゃ、これを発見したのはな、100年ぐらい前じゃったかな。レイラを失って途方に暮れていたときじゃった。そのときにな」
「ジョージーーー!アイシテルよー!!!」
話を遮りマサシが叫んだ。
するとマサシの身体が軽くなり、ア、イ、シ、テ、ル達は萩の月の中に吸い込まれていった。
「ジョージーーー!アイシテルよー!!!」
「おい、桑原……おい、桑原」
遠くから声が聞こえてくる。
はっとして正志が目を覚ますとクラス中が爆笑に包まれていた。
「おい、桑原、まだ4時間目だぞ。昼寝をするにはちょっと早いんじゃないか〜、それと先生に対してジョージとはなんだ、お前らが陰で俺の事をジョージって呼んでるのは知ってるけどな」
と英語教師の山本が言った。
心地よい新緑の季節の風が窓から入り込み、正志はまだ半分夢の中にいた。
「えっ、スミコは?どうなったの?」
と言いそうになったが必死にこらえた。
キンコンカンコーン、いつもと何も変わらないチャイム音が響き、給食の時間を告げる。
正志だけでなくたいがいの中学男子生徒なんて給食のために学校に行ってると言っても過言ではない。
当番の生徒達が教室に給食を運び込み、配膳係が準備している。正志はいつも通り待ちきれず見に行く。
「今日の5人は、左からア、イ、シ、テ、ル、か」なんてことを考え、ニヤニヤしながら
「今日のメニューは何かな〜?」
正志が配膳係女子のルに聞いた。
「ジャジャーン」
と言いながら配膳係女子のルが蓋を開けた。
「ワンタンスープ!」
正志は思わず叫んだ。
「えっ?なになに?」
近くにいた澄子が駆け寄り正志の顔をのぞき込む。
正志はナマズ見たいに口をパクパクさせながら一生懸命に何かをつぶやいていた。
(完)
# by kodachigarden | 2020-10-24 08:18